スターの人生 スターの半生
有名人の人生・半生をピックアップ。その人生はどんなものだったのかをご紹介します。
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有吉弘行(猿岩石)

オレは絶対性格悪くない!



1974年、有吉弘行(ひろいき)は、広島県の熊野町で生まれます。
幼いころの彼は、毒舌キャラの今からは想像できないほど、
おとなしくて、素直な少年でした。
小柄で、クラスでも目立たなかった彼が、お笑い芸人への道を意識し始めたのは、
小学校4年生のときのことで、当時大人気だった、「ドリフ」や「ひょうきん族」
といったお笑い番組を、熱心に見始めたのがきっかけでした。

中学に入学すると、お笑い好きの熱はどんどん加熱していき、コント番組だけでなく、漫才にも興味を持ち始めます。
ビデオに録画したあらゆる番組を繰り返し見て、「オール阪神・巨人」や「ダウンタウン」の漫才を暗記して、クラスで披露するほどにまでなっていたのです。

そんなお笑い好きだった彼が高校3年生のとき、願ってもないチャンスが訪れます。
テレビ番組で、オール巨人師匠が弟子を募集していることを知ったのです。
有吉は、迷うことなく、誰にも内緒で応募します。すると、トントン拍子で話は進み、見事合格。

オール巨人の弟子として、高校卒業と同時に、
大阪へと向かった有吉弘行(ひろいき)は、憧れの人の下で芸人の道を歩み始め、希望でいっぱいでした。しかし、その夢はあっさりと絶たれてしまうことになります。

弟子入りしてからまもなく、同期の芸人とトラブルを起こしてしまい、
師匠にこっぴどく叱られた有吉。
次第に「また怒られるんじゃないか…」という恐怖感から萎縮してしまい、
なにをやってもうまくいきません。
ついには、弟子入りしてからわずか半年後、
「お前は、弟子には向いていない」と、破門されてしまったのです。

この出来事に落ち込み、広島の実家へ帰ることを余儀なくされた有吉でしたが、
そう簡単にお笑いへの夢をあきらめることはありませんでした。
地元のコンビニでアルバイト生活を始めながら、
彼は、小学生のころからの友人だった森脇和成(かずなり)に声をかけ、
地元の公民館を借りてお笑いライブを決行したのです。
しかし、結果は散々で、会場に集まったのは、30人ほどの友人達だったにも関わらず
笑い一つとることもできなかったのです。

ところがこの大失敗でへこたれるかに見えた彼でしたが、ますますお笑いに対する執念の火が燃え上がり、今度は大阪ではなく、東京へ行くことを決意。
森脇にコンビを組もうと持ちかけ、二つ返事でOKをもらい、『猿岩石』が結成されたのです

相方の森脇和成(かずなり)とともに、
成功を夢見て、広島から東京へ向かった有吉弘行(ひろいき)。
なんとか東京に着いたものの、仕事も、寝る場所すらも決まっていなかった彼らは、
東京ドーム周辺で野宿をしながら、東京生活をスタートさせます。
そして、この野宿生活が、後の彼らの運命を大きく動かすことになります。

住む場所を見つけ、お笑いライブや少しずつテレビに出演しながら、
修業を積んでいたある日のこと、番組の主旨をほとんど知らされないまま、撮影で香港へ行くことが決まります。
初の海外ロケに浮かれていた彼らでしたが、現地に到着してから企画の内容を聞いて一転、
暗黒の谷へと突き落とされます。

猿岩石日記〈Part1〉極限のアジア編―ユーラシア大陸横断ヒッチハイク (角川文庫)



それは、「進め!電波少年」という番組のなかで、香港からロンドンまで、ヒッチハイクでユーラシア大陸を横断するという企画だったのです。
彼らが選ばれた理由は、東京ドーム周辺で野宿をしていたから。
野宿の経験がたまたま番組プロデューサーの耳に入り、白羽の矢がたったのです。

突然の発表に戸惑う暇もなく、番組から手渡されたわずかなお金を握り締め、
有吉と森脇は、果てしなく危険旅へと出発しました。そして、旅の様子が、全国のお茶の間へと届けられたのです。

電波少年の企画で、ユーラシア大陸をヒッチハイクで横断する猿岩石の有吉弘行(ひろいき)と森脇和成(かずなり)は二人が命がけで野宿をするなど、リアルさと予想のつかない展開が受けて、番組は爆発的な大ヒットします。
猿岩石の人気は、彼らの苦難とは裏腹に、うなぎ登りに上昇します。

そして出発から半年後、2人はついに、ユーラシア大陸を横断。
念願の帰国を果たした彼らを迎えたのは、多くのファンとマスコミたちでした。
彼らは、あまりの熱狂振りに最初は戸惑いを隠せませんでしたが、人気の波にのって、本の出版や、CDをリリースし、誰もが知る、人気お笑い芸人に上り詰めたのです。

ゴールデン☆ベスト ~白い雲のように~



しかし、彼らの人気は、長くは続きませんでした。
テレビ番組のおかげで人気者になりましたが、本当のお笑い芸人としては、まだまだ未熟だったのです。ついには、相方森脇との方向性のちがいによって、コンビを解散。
有吉は、ピン芸人として、人気を極めた頃には考えられないほど、
寂しい日々を過ごしていたのです。

ところが、有吉は、再び脚光を浴びることになります。
たまたま、テレビで共演した芸人に辛口のあだ名をつけたことが受け、
毒舌キャラとして、お茶の間に広く知られるようになります。

人気が低迷してもなお、あきらめることなく、お笑い芸人として生き続けた彼は、
一時の流行ではなく、本物の芸人へと成長を遂げたのかもしれません
芸能界を知り尽くした彼は、「嫌われない毒舌のすすめ」を出版しました。
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