スターの人生 スターの半生
有名人の人生・半生をピックアップ。その人生はどんなものだったのかをご紹介します。
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浜田省吾

The Best of Shogo Hamada vol.3 The Last Weekend



浜田省吾は1952年、広島県竹原市で生まれました。
警察官だった父親の転勤の為、
幾度となく引越を繰り返す少年時代を送っています。
そんな環境の影響からか、浜田少年はあまり人と打ち解ける事のない少年時代を送ったようです。

そんな少年が音楽に目覚めたのは、7歳年上の姉が大きな役割を果たしました。
エルヴィス・プレスリーが好きだった姉の影響で、8歳の頃にはラジオから流れるアメリカンポップスを聴き始めていたのです。

そして、10歳のとき、ある衝撃が訪れます。「今まで自分が聞いていた音楽とは全く違う!」
そんな驚きの音が幼い彼の心を掴みます。広島の片田舎の少年がラジオからキャッチした曲、
それがビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」でした。

それからはビートルズにのめり込む日々が始まります。
母や姉の買う雑誌に少しでもビートルズの記事があれば全て切り抜き、
近所にビートルズのレコードを持っている人がいれば頼み込んで、
家の外から聴けるようにレコードをかけてもらった程・・・

初めて買ったレコードもビートルズでした。
中学一年生の時にお小遣いで買ったのは
「チケット・トゥ・ライド」。
ビートルズで音楽にのめり込んだ浜田省吾がレコードの次に手に入れたのは、当然ギターでした。
中学2年の時、姉が二十歳の誕生日プレゼントにと買ってもらったギターを
半ば奪い取るように自分の物にしてしまったのです。
この姉のギターを、ジョン・レノンが愛用していたものをまねて改造、
遂に、ギターを弾き始めたのです。

The History of Shogo Hamada―Since 1975





その後、高校時代には学生運動に影響を受けつつもバンドを結成。
野球部や詩の同人誌を作りなど、かなり活動的な高校時代を送ります。
その為か、勉強の方は、はかどりませんでした。
結局1年浪人して神奈川の大学へ進学する事になったのです。
そして、この大学時代に広島出身の仲間たちが集まって結成したのが、
後にプロデビューする事になるバンド、「愛奴(あいど)」でした。

今でこそシンガーソングライターとしてギターのイメージが強い浜田省吾ですが、
この時代の彼の担当はドラム。
そして愛奴の最初のプロとしてのステージは、
同郷の英雄、吉田拓郎のバックバンドとしてでした。

それまで、デパートの屋上くらいでしか演奏をしていなかったバンドが
いきなりの超満員の大ホールでの演奏となりました。
このバックバンドで積んだ経験を元に愛奴はデビュー、
ここから音楽人生が本格的にスタートしたのです。
1975年、浜田省吾22歳での事でした。
しかし、バンド活動の中で、浜田は次第に違和感を覚えるようになります。

元々、メンバーにドラムがいなかったからと始めたドラム、
決して上手いという訳でもありませんでした。
さらに全員が曲を書くというバンドメンバー達の音楽性の食い違い。
そして何より、曲を書く事に彼の関心は向いていったのです。
そしてアルバムデビューからわずか5ヶ月程で愛奴を脱退。
翌1976年、ソロデビューを果たすことになったのです。

しかし、そのデビューは決して華やかなものではありませんでした。
デビューアルバムの初回発注はわずか3000枚。
そして、彼の売れない時期は、実に4年、アルバム4枚を出しても鳴かず飛ばずの日々が続いたのでした。

そんな状態を打開したのはなんと「カップヌードル」。
CMタイアップの話が来たのです。今でこそ一流CMのイメージが強いカップヌードルですが、
当時はそれほどでもなく、あまり乗り気ではありませんでした。
しかし、その肩の力を抜いたのが幸いしたのか、
このCM曲「風を感じて」がヒットしたことにより、環境は一変します。
ソロデビューから4年、ようやく浜田省吾の音楽が世間に認められ始めた瞬間でした。

その後の彼の挑戦は周囲の驚きでした。それは1982年の武道館ライブ。

今でこそ武道館でデビューなどと言うバンドもありますが、
武道館といえばミュージシャンの最高到達点とも言える場所。
そんな所に、ヒット曲と言えば「風を感じて」ただ1曲、
地方のライブに至っては満員にならない事もあった彼の挑戦に注目が集まりました。

しかし、レコードのセールスが伸び悩みながらも、
着実にライブを重ね、その支持を重ね、チケットは即日完売という結果となったのです。

これを機に、初の野外イベント、核兵器反対や、チャリティーのイベントなどにも出演。
その活動を広げつつ1986年にリリースしたアルバム「J.BOY」で
ついにチャート1位を記録したのでした。

J.BOY





ソロデビューから10年、メディアでの露出が極端に少なく、あくまで音楽だけで挑戦を続けて来た男の長い道のりを経て遂に到達した頂点でした。

そして、2006年には、ソロデビュー30周年を迎えた浜田省吾。
初めてとなるベストアルバムをリリースし、2年間、全国53カ所、87公演というホールツアーを敢行。今なお、アルバムリリースとライブを中心とした活動で、多くの人の心をつかんでいます
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